2015年3月12日木曜日

コーヒーショップ

金曜日の夜、駅近くのコーヒーショップは満席のため待つ人で列ができていた。

先頭でならぶ女の視線が、ひときわ高くそびえ立つ一つのテーブルへと突き刺さっていた。まるで天井の雨漏かのように憎らしく睨みつけてみたところで、見えるのはテーブルの裏側と椅子の裏側と、そこに座る男の鼻の穴だけだった。

いまや、頭が天井につきそうなほどに刻々と上昇したテーブルと椅子も、この男にとってはプレッシャーにはならなかったようで、むしろここまで高くなると、席を待つ客達から放たれる親の仇のような視線をさえぎるのを手伝っていた。

男は財布を手に取ると椅子から立ち上がり、慎重にポールダンスのそれと見間違うほどの高さにまでなった一本の椅子の支柱に足を掛けた。
支柱の凹凸を使ってゆっくりと降りると、男はトイレに入って行った。

店内奥からテーブルが上昇することを知らせるブザー音が鳴った。


「えっはやくなーい」

「30分たってなくなーい?」

二人の女子高生はそう言うと上昇にそなえ、文房具と教科書で散らかったテーブルの上を少し整えて会話を止め、お互い目を合わせていた。
椅子とテーブルが同時に動き始めると女子高生たちは、中学時代の友達と街で偶然会った時に発するのと同じ種の奇声を上げた。
両隣よりもテーブル半分ほど高くなると二人はわーキャーと騒ぎ、楽しんでいた。

滞在時間40分につきテーブルが徐々に上昇するシステムは、満席時には誰が一番そこにふさわしくないかを、誰の目から見ても明らかにした。

一番高いテーブルのふもとに男が戻ってきた。
こんなことにはもうすっかり慣れたかのように両手でポールを掴むとよじ登りはじめた。
周りの空気を読まずに無邪気にポールにしがみつく男の哀れな尻はしばらくの間、席を確保できずに並んでいる客たちに向けられていた。

男は背を丸め顔を前に突出し着席した。
その後頭部の髪の毛は天井に押しつぶされ、顎はノートパソコンのキーボードを押さんばかりだった。
そんな状態にもかかわらず男ははそこに居続けはじめた。
もはやその状態に男の自主性はなく、テーブルとイスに浸食されているようにしか見えなかったが、男は再び久しぶりにカップに口をつけた。
コーヒーは残っていた。
彼はまだこのコーヒショップの立派な客だった。



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